学ぶ楽しさを教えてほしいのよ!その価値のわかれば一生使えるから!オペラント条件づけを元に考えてみるとは?

学ぶ楽しさ思考
マズヤッテ
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こんにちは!マズヤッテです

学ぶ場所だけど、なぜ学校ではなぜ「学ぶ楽しさ」は教えないのかな?

「ここ試験に出るよ!」っ教えてくれるより、「学ぶ学び」として教えてくれるほうが一生役に立ちそうだと思いません?

では塾はどうか? 「◯名△△高校合格!」と実績をデカデカとアピールしているし、学びの先は受験のためにあるようだし、本屋さんには学校が不要なくらい参考書が売られている。

何なのさ?学ぶ先はどこに向かってあるものなの?「学校」でうまくいけば学び成功って事を植え付けたいわけ? 

周りの親や先生のリアクション、そうでしょ?

【リアクション】
良い成績なら→👍  悪い成績なら→👎

実は、これ私が中学時代に感じたことなんです。結局付属の高校に進学せずアメリカ留学した!わけです😂

だけど、大人たちがコントロールして支配しても、それって「学び」にならない。
だってそうでしょ? 例えば、発展途上国に大量に食料を送ってあげることができる。でも、そこで終わりにしたら、また食料不足になったら供給されるのを待つだけになってしまう。(外のコントロールしようがない)でも、農業を学ぶ・食物を育てる方を学ぶことで自給自足できる。(内のコントロールはできる)学ぶことによって、自分で判断して運用できるようになるでしょ?

しかし学校生活を終え帰国して気づいたのは、「会社」の環境でさえ似た傾向があるなと思った。
きっと「学ぶ価値」を学ばないと、教える側になったとしても同じ循環を繰り返すことになってしまっているのでは私は思った。「しっかりやりなさい」「ちゃんと勉強しなさい」というフレーズを声がけすることが教育指導になってないだろうか?

というわけで、本日のブログでは「学ぶ楽しさを得るために必要な価値」について行動心理学でもよく出てくるオペラント条件付けを元に解説していこう思います📝

マズヤッテ
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オペラント条件づけの有名でこんなのがあるの↓↓
ボタンを押す餌がもらえるっていう仕掛けの箱の中にネズミをいれた実験あるわね。
🐭「!!!」ボタンを押したら餌がもらえたぞっ💡 と学ぶと、餌(報酬)目的にボタンを押すようになるってやつ♪

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学ぶ楽しさ どこにあるって言うんだいin学校?

楽しさを探すイメージ

全員が学ぶことが楽しめないわけではない。個々にやりがいを見つけられたら最高だと思う!

けど、勉強って面白く感じない人が多いんじゃないかしら? 自主的というより強制的にあるルール

学校で良い成績、活躍をする→👍や😊(プラスの報酬)→正しい行いを維持する
   悪い成績、活躍しない→👎や😥(マイナスの報酬)→行いを見直しするよう努める

マズヤッテ
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なんというか、「ExcelでいうIf関数」っぽいんです。
△になったら、□と返すからね!という感じです。 

行動をコントロールする役割のオペラント条件づけ(「飴と鞭」とも言われる方法)はあらゆる場面で使われているけど、コントロール(外的要因に頼る)の良くない点もある。

  • 周りからのリアクションに偏ってしまう
  • 良いとわかっていても積極的に行動にうつれるわけじゃない

【サンプル】

大人の場面で言えば「運動したほうが良い!」のは十分承知。なかなか動く気持ちになれない、もしくは続けられない自分に対して嫌になっているという場面

結局の所「学ぶことも、運動することにしろ、価値を教えて!どんな部分に心動かされたのよ?」っての伝えることは大事だと思う。

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学ぶ楽しさ 自己肯定感にも影響するのでは

先程のオペラント条件づけによって行動をコントロールした場合、その条件というものが存在しなくなった場合どうするの?ってことだと思いません? 

学生を終え社会人になるとプラスのリアクションをしてくれる人が少なくなってくる。
それまで褒めてくれたりプラスの報酬を得られていたはずなのに急に枯渇したような気持ちになったという捉え方をしてしまう人も中にいても不思議ではない。

child alone image

そこで思ったのが、オペラント条件づけによって他人の行動をコントロールすることが支流となってしまってはマズイ気がする。

学校に拘束されている時間から離れゆとりさを与えれば解決のように思える「ゆとり教育」だけど、ゆとりというコントロールの中に開放されただけで、心動かせられる元がなければ急に開放さて見失うのではな思う。

アメリカの学校でも競争制度があったり、学校のランクっていうのもあり教育の問題にもなっています。しかし、教育のあり方の多様性として、ホームスクールといった制度もあるのは良いですね。

学ぶ楽しさ 好奇心の価値

自由に満足するイメージ


アメリカに渡ってまず私がなんとかしないとならなかったのが語学。
しかし、これが今までとは異なる学びの楽しさを知れるきっかけになった。

自分の好奇心を探求することで、外側→内側に変わったこと。まさに開放って感じでした。

今の英語聴き取れたっ!→💡(プラスの報酬)→よし、徐々に耳がなれてきたぞ!
クラスでAの成績取れた!→💡(プラスの報酬)→感動した!
対応の仕方がわからない→😩(マイナスの報酬)→これを経験とすれば良い!

それまで外にあった👍や👎というものが、直に実感できることが喜びになれた。

他人に設定された価値に向かって「走れ!」と言われても、楽しくないけど、自分の好奇心に向かって走るっていうのは、追求のプロセスをも楽しめるという学びでした。

マズヤッテ
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じゃあ、これを「ゆとり教育」と見るのか?日本で教育されていたら日本の高等教育で学んでいたことを私は知らないし、正直漢字も非常に弱い。
困っていますか?→いえ全然困ってないです。辞書もあるし😂 グーグル先生もあるし😂

まとめ 

マズヤッテ
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それではまとめです

  • 学ぶ楽しさの価値観が必要
  • オペラント条件づけは行動をコントロールする
  • 報酬によって目標と目的があいまいになることがある
  • 好奇心によって学ぶことの楽しさを実感できる

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