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アメリカ映画 エヴァンハンセンから学ぶひとりの時間!群れから離れて自分と向き合う大切さ

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アメリカでも人気の話題映画となった『Dear Evan Hansen ディアエヴァンハンセン』
ある一人のアメリカの高校生のストーリーが描かれている。スクール系お好きな方見て!!

映画ディアエヴァンハンセン


【映画内容 3行で解説】
主人公である「エヴァンハンセン」には、友達がいない。それを自覚しているエヴァンは、自分宛てに手紙を書く。
ところが、あることがきっかけで彼の人生は急展開するっていうお話

絶対泣ける感動系ですっ!タオルの準備を!

その前に、この記事はネタバレ目的ではないです。📣
エヴァンハンセンから学ぶ「自分と向き合う」ことについて一緒考えていきましょう♫

というわけで、今日はみなさんにとても大事なことを伝えしよう思っています😊
エヴァンのようにひとり時間は寂しいことではないってこと! 
では、解説します💨

マズヤッテ

もし私がまだ20代だったら、まだ触れたくないテーマだったと思う。
でも、今は堂々と言える!!
「ひとり時間必要ですが、何か?」

目次

ひとりでいることは駄目なの?

例えば、こんな経験がちょっと嫌だなーと感じたことありませんか?

  • 「ほら、みんなと遊んでおいで!」が重たい
  • 友達いっぱい=○ ひとり=✗ みたいな空気が重たい
  • 変わってると見られるのも重たい
  • 特に何もしてなくても集団といると疲れる
マズヤッテ

どうでしょう?

ピッタリ該当しなくても大丈夫です。
特に日本は、「協調性」「集団」を重んじる文化とあって、小さな社会であっても「集団の掟」のようなものをごく自然にあると思います。群れている人達には社会は何も言わなくても、孤立しているというだけで、なぜか「寂しそう」とか「浮いている」「外れている」というのがある。💦

孤立=マイナス」というイメージが強い。

でも、私は少人数派でいるか、「ひとりでいたい」派だった。群れの中にいるのが苦手😣
小学校に入ってからは、楽しく感じられず日々流され疲れていた。
(💬下校時間に近づくほどワクワクしていたくらいですからスキップ程😂)いつも逆パターン…

しかし、アメリカから日本に帰国後、何をどう感じる恐れながら日本社会に戻った20代、ポロポロと「友達なんて10人もいないわよ」とか「5人未満かな〜」って堂々と言える大人がでてきてやっと「あれ?あれでよかったんじゃない?」と今まで囚われていた過去を取っ払える場面が多くなってきた。😳 (群れたがらない自分をずっと隠したかったくらいですから…)

徐々に自分はこれでいいんだ!とすごく堂々と自信を持てるようになってきた!
だからこそ、超伝えたい! 「孤立=マイナス」って決めつける世の中こそ間違っている😤!
その根拠を3つ言わせてもらいます😤

1. 社会が向き合う問題なのでは?

そもそも「孤独=マイナス」っていう根拠は何よ? だって一方的すぎるご思いません?
友達の輪にいること=みんなと溶け込んで仲良くやっていると言い切れないですよね?

輪の中から外れないように、お互いフォローして、みんなで同じ好みを愛用して、同じ悩みもあって、お互いを傷つけないように「同調」するだけのつながりでも?

極端な話、こんな感じの会話でも? 独り言で済むレベルじゃないですか😂

Aさん「これ、かわいいでしょ!」 → Bさん「うんうん、かわいい!」
Aさん「最近寒いよね〜」 →Bさん 「うんうんさむ〜い」
Aさん「どれがいい? 」 →Bさん 「どれでもいいよ」

群れることで疎外感から開放された気持ちになっても「心ここにあらず」という輪の中であるほうが、「隠れ孤独」なのじゃないかなと思う。(外から見て単独に見えない…ってだけ)
周りからとりあえず、レッテルをはられないで済むなら「隠れ孤独」の術を生かして社会共存する人もいると思う💦

「空気が読めない」という言葉が日本にあるのも、やっぱり他人本位を美徳とする傾向があるからでしょうね。みなさんはどう思いますか?夏目漱石さんもお悩みになってましたね「私の個人主義」って本の中で。

社会がいう「こうあるべき!」みたいなのが多ければ多いほど、そもそも個人を破壊させるのではないかって思う。
個人を破壊させるということは、結局社会へのベネフィットとなるリターンも少なく、結局は社会が社会を悩ます問題に発展してしまう。

ちなみに、アメリカで感じた「孤立」の世界。

アメリカでも「社会の目」によって個人が不安・ストレスに陥る人はいっぱいいます。
だけど、個性を重んじる文化なので、単独行動も「不思議」対象として見られないのがよかった♪😂


ちなみに孤立は個として独立した状態であって、感情的に寂しく悲観的な状態ではないってこと。

マズヤッテ

↓こちらのブログでもご紹介させていただきましたが、
アメリカは「個」が強すぎてまとまらない問題もありますけどね。😂

2.チャンスの時間が失われる

ひとりってそんなに悪いことですかね?eh?(←よくカナダで使われる英語。エィ? :そうでしょ? ね?っていうような意味)

例えば何かのイベントにあなたが一人で参加した時、だれかに声をかけるとしたらどんな人をターゲットにしますか?
まずは、「一人で来ている人」じゃないでしょうか? 

グループ会話の阻止して割り込むのも失礼ですもんね😂

一人でいられるってことは、どこのも誰にも依存せずに「堂々と個」でいられるのって素敵じゃないですか?
誰かと一緒なら楽しめる場合だと、条件に一致したときでしかできない事が多いですよね😣

小回りが効く

ひとりに対する社会の目が逆に邪魔になっていることだってある。

アメリカでも話題になる「ランチメイト症候群」というのがあります。
アメリカの場合、日本と違って給食はないものの、ランチ時間になると学校のカフェテリアにいって各自並んで好きなものを注文したり、持ってきたサンドイッチなどを好きな席で食べるっていう感じ。


ただ、多くの人が同級生達も集まる場面でひとりだと疎外感を感じてしまうからランチ時間そのものが苦手っていう生徒もいます。 そういう学校生活での心理的ストレスを逃れるためにも、ホームスクールの方が好き!っていう子供もいます。

でも、一人で食事しても、疎外感に感じずに楽しめる人もいるわけですよね、孤独のグルメのように😂

「孤独=マイナス」とレッテルがおせっかいであり、過敏にさせてしまう社会ってどうなのかと思う。

ひとりの時間ってめちゃくちゃ小回りがきくし、即実行できるんですよね😂
なんせ、自分がGOサインを出せばいいだけですから👍

3.向き合う感覚を忘れる

群れの中にいて、周りの流れに乗れていれば順風満帆にも思える。
「孤独」や「疎外」という言葉は「つながりがない」にように感じるかもしれない。

「孤立=マイナス」というイメージ印象が根付くよく埋め込まれてしまうと、ひとり向き合って考えることも怖くて忙しくしている人もいるのじゃないかなーと周りを見ていて思う。

そもそも人間そのものが不安や恐怖といったことに敏感なのに、「こうあるべき!」みたいな社会の目は多く存在する。
しかし、個人ひとりひとりが健全に成長させるにためには、誰もがひとりの時間を持って流さずに生きることって大事なのではないでしょうか?

そして、社会がいろいろな多様性を受け入れることで、柔軟な社会づくりにつながっていくのじゃないのかと感じる。

そう思ったのも、結局はひとりの時間の時に考えだった。

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